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指導を見られるという事の意味 ~家庭犬訓練競技会~

更新日:2020年6月20日

近々、犬の訓練競技会(しつけの発表会)に参加する曽根田トレーナーは最後の猛練習中です。

そこで今日は「犬の犬の訓練競技会」の存在意義を書きます。

近年は「訓練競技会なんて日常生活に意味ないので参加する必要なんてない。」と言うプロや「別にうちの子をドッグ・ショーやなにかの大会に出そうとは思っていないからいいんです。」とおっしゃる飼い主により参加頭数は激減状態ですね。

飼い主が参加を見送るのは別のお話なので良いのですが、職業訓練士であるトレーナーが参加を「意味のない」で片づけることは、その時点でその者のレベルがわかるというものです。上位の成績を取得する腕を持ってから言って欲しいものです。取れるものならば。(笑)




競技会の価値

①他の者、大抵は先輩や上級者に自分の訓練を一定の規定にのっとってみてもらえる。プロと名乗るものがプロの審査を避ける時点でどんな仕事をしているのだろうと感じております。

審査で点数が悪ければ、見た目の悪い指導をしています。それは指導手の「癖」で扱うことが慢性的になっている証。飼主にとっても扱いにくいのです。


②一定の規定に沿う中で力を発揮する工夫をすることは「井の中の蛙」にならないで済むことだと思います。オリンピックの体操ですが、出場すること、審査を受けることで指先足先まで気を使って動くことなど細部にまで意識を張り巡らせますよねよね。


大会に出場を求めないトレーナーは、指導が我流で一般の飼い主にだけ通じる狭い知識と技術で行っていることが大多数であり、その結果は飼主に扱いにくい「家庭犬のトレーニング」の完成となっていることがほとんどです。


また、どんな場所でも指示に従う犬を作り出すのがトレーナーには重要な要素です。競技会場という他の犬の吠え声が響き渡るような悪条件でも確実に「いつも通り」の行動がとれる指導がなされていることは実力として素晴らしいことを意味します。


公園にも時々トレーナーと自称する人を見ますが、1クラス30頭参加したとして20番台後半がせいぜい、きっと途中棄権だろうと思しき者たちばかりなのは同業として切ない限りです。

飼い主に求めずとも、専門家として訓練競技会上位入賞へトライし、努力し続けるトレーナーこそが、一般の愛犬家にとっても価値ある存在となれる者だと確信しています。


アンビシャスでは、スタッフが最初に学ぶことの中に「立ち方から足の踏み出し方、歩く際の歩幅、ターンする際のステップワークなどすべて我流を排除すること」から始まります。これらは訓練競技会に出場するうえで「参加訓練士」としての最低限の身だしなみともいえますが、同時に家庭犬トレーナーとしての必須科目だと考えるからです。


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